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謎の小説家・未来狂冗談(ミラクルジョウダン)が、思い付くままに物語を綴(つづ)ります。
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思い付くまま忍者物語・第二章(三)(陰陽寮/呪術と剣術・忍術の分離)

ここで、言わば諜報工作組織である陰陽修験から少し寄り道をして、大和朝廷の正規軍の話を入れる。
実は大和朝廷の正規軍と陰陽修験の諜報工作組織は歴史の中で交錯しながら互いに影響し合っているからである。
陰陽寮の設立から遡る事五百年ほど前、自らが「神の意向で統治する」武力を持たない大王(おおきみ/天皇)の下で、大和朝廷の正規軍は大豪族・物部(もののべ)氏が受け持っていた。
武士を「もののふ」と呼ぶ語源が、もののぶ=物部(もののべ)で、物部(もののべ)の「物」は武器を指し示すものである。
つまり物部氏(もののべし)は、大和朝廷に於いて武器を扱い管理する部民だった。
武器を扱う氏族として物部氏が大和朝廷でその地位を固めた理由であるが、物部氏は当時最先端の青銅鋳造技術をもつ鍛冶氏族であった事からである。
当然ながら、大和朝廷初期の段階に於いて諜報工作組織である陰陽修験への武器の供給は物部(もののべ)氏であるから、役小角(えんのおずぬ)の修験道成立当初から物部(もののべ)氏と陰陽修験組織との接点は想像に難くない。
両者の接点は、当初武器を供給する部門と使用する部門から始まっているのである。
また物部氏は、青銅鋳造術を持って銅鐸祭祀(物部神道)をする「新羅系の渡来人であった」とされ、仏教とは相容れない立場にあった事が、後に伝来した仏教を取り入れて勢力を伸ばそうとする蘇我氏との軋轢を生んだのではないか」と言われている。
前述のごとく役小角(えんのおずぬ)は、日本列島に存在した原始信仰と渡来信仰を組み合わせて陰陽修験道を成立させている。
この銅鐸祭祀(物部神道)が、当然ながら陰陽修験の成立に少なからぬ影響を与えている筈で、その関係は「良好だったと」推測されるのである。
古事記・日本書紀に拠ると、物部(もののべ)氏は河内国の哮峰(タケルガミネもしくはイカルガミネ/現・大阪府交野市)に天皇家よりも前に天孫降臨したとされるニギハヤヒミコト(饒速日命/邇藝速日命)を祖先と伝えられる氏族で、元々は兵器の管理を主に行なっていたが自然と大伴氏とならぶ武器を扱う「軍事氏族へと成長して行った」とされている。
言わば物部(もののべ)氏は武門を売り物にする古代の有力豪族(部族王・臣王・国主)で、連(むらじ)の姓(かばね)、八色の姓の改革の時に朝臣姓(あそみ/あそんせい)を賜っている。
欽明(きんめい)大王(おおきみ・天皇第二十九代)の御世になると、物部尾輿(もののべおこし)が欽明天皇と組み、当時最有力豪族(臣王・国主)だった大伴(おおとも)氏(臣王・国主)の大連(おおむらじ)大伴金村を失脚させている。
大伴(おおとも)氏の失脚で最有力豪族になった物部(もののべ)氏であるが、大伴(おおとも)氏衰退の間隙を縫って高句麗系の蘇我(そが)氏・臣王が頭角を顕わして来る。
思い付くまま忍者物語・第二章(陰陽寮/呪術と剣術・忍術の分離)(四)へ続く

作者の公式HP(こうしきホームページ)へは、「 未来狂冗談の部屋 」で検索して下さい。

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