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謎の小説家・未来狂冗談(ミラクルジョウダン)が、思い付くままに物語を綴(つづ)ります。
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思い付くまま忍者物語・第三章(三)(平安末期から鎌倉・室町期へ)

平清盛にすれば常盤御前は命を取り合った敵将の愛妾だった絶世の美女で、同じ女性(おなご)を抱くにしても征服感や興奮の度合いが違うから、邪(よこしま)に楽しめる。
それで義経他二人の兄の助命を聞き入れ、常盤御前に触手を伸ばしてしまった。
その煩悩とも言える欲心が、結果的に平家滅亡の火種を作った事になる。
その後、清盛の子供を身ごもった常盤の生き方を、「壮絶」と言うか「したたか」と言うか、意見は分かれようが、牛若丸(遮那王・義経)にして見れば、父の仇(かたき)の上に、戦利品として母を抱いた男が、平清盛だったのである。
一般の民にとっては、「戦乱の世」と言っても氏族達の世界の出来事で、ただ迷惑な事ではあった。
その戦乱の世の武門も、絶えず戦っていた訳ではない。
領国・領地を運営し、次ぎの戦の為の武器、兵量(ひょうりょう)その他の準備をして、言わば「生活の合間に戦(いくさ)をしていた」と言うのが、歳月の割合とすれば、正確な武門に生きる者の、生活の正しい表現だった。
この有史以来に何度も数えられる戦乱の時代の、武門同士の戦は、一度で決着が着くのは稀で、大概の所は何度も槍を交え、何年もかかる事が多かった。
だから女性達は、その日々の暮らしの中で、愛し合い、憎み合って生きていた。
その男達の凄まじい運命の狭間で、控え目に、しかし、しぶとく力強く生きたのが、実は日本の女性達だった。
伊勢(三郎)義盛は、父・勘解由小路吉次にある事を命じられていた。
「三郎、此度は鞍馬山の遮那王(しゃなおう・義経)を帝の為に武将としてお育てせよ。」
「まだ幼い遮那王(しゃなおう)様ですか?」
「頼朝様や範頼様ではもうご自分の意見が出来上がっている。それに遮那王なれば我らとの縁(えにし)も深い。」
「縁(えにし)とは?」
「遮那王の母御である常盤(ときわ)は、元々我らが手の白拍子じゃが、中宮九条院様の雑仕女(ぞうしめ)に参内させておった。」
「なるほど、それ故常盤様は身体を張った御助命を・・・」
得心したように、伊勢義盛が頷いた。勘解由小路党の女人、白拍子ならさほどの事、造作もなくやりおうせるが道理である。
「われら、選り優(すぐ)りの白拍子を帝のお傍にも平家にも源家にも潜ませて居るわ。」
父・勘解由小路吉次は、自らが構築した白拍子の女体ネットワークに自信を持ち、不適に笑っていた。
「父上、常盤様との縁(えにし)の経緯(いきさつ)が判り申した。ならば、仰せの通りに成して見せまする。」
「武蔵坊(弁慶)を付ける故、素直に、真っ直ぐに・・・な。」
「委細承知。」
伊勢(三郎)義盛は源義経が鞍馬山で剣の修行をしていた牛若丸・遮那王の頃から武蔵坊弁慶と共に義経に臣従し、最初から最後まで行動を共にしている。
思い付くまま忍者物語・第三章(四)(平安末期から鎌倉・室町期へ)へ続く

作者の公式HP(こうしきホームページ)へは、「 未来狂冗談の部屋 」で検索して下さい。

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