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謎の小説家・未来狂冗談(ミラクルジョウダン)が、思い付くままに物語を綴(つづ)ります。
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思い付くまま忍者物語・第一章(七)(忍者の芽生え/呪術から剣術・忍術へ)

役小角(えんのおずぬ)やその配下の不思議な術は、当時渡来した仏教を通して中華文明の最先端技術を駆使した事である。
今で言う天文学、気象学、医学・薬学(治療術・治療薬から化学反応)、鉱物学(採掘から錬金術)、建築学、機械工学、など多岐にわたる最先端技術である。
これが、無知な民衆には人間業とは思えない奇跡に見え、陰陽修験は恐れられ尊敬される事になる。
現代の日本では、しばしば政治に対するマスメディアの中立性が話題に成るが、過去の歴史に在っては官製メディアが統治に利用された歴史も存在する。
そうした歴史の一番初めに登場するのが、天孫・大和朝廷正統化の啓蒙を目的とした天孫降(光)臨伝説を題材とする物語で構成された「神楽(神座/かみくら・かぐら)舞」である。
言わば官製メディアとして「天孫降(光)臨伝説」を民に周知徹底させるこの物語・神楽舞を、全国津々浦々に指導・布教した組織が陰陽修験の修験導師達の表の顔だった。
「神の威光で統治する」と言う呪術的発想の「統治理念」の為に表向き「陰陽修験の信仰組織」とした「秘密警察組織」と思われる賀茂氏の修験道行者頭・役小角(えんのおづぬ)とその配下の山伏達は、武装組織であるから杖術を基本として独特に工夫した山伏兵法を編み出ている。
この杖術が後に剣術・槍術・柔術・忍術(しのびじゅつ)へと分化発展して、各々の完成された武術に進化して行く事になる。
槍術、剣術などの古い流派は、いずれも「陰陽師に祖を発する」と言われ、京八流、関東七流などがある。
また、この「神の威光で統治する」と言う建前を基にした警察力欠如の環境が、平安時代以降に京八流や関東七流を必要とする各入植地の自衛農民団、もしくは自衛海運業者団としての武士団の発展を促し、各寺社も僧兵を整備した。
表向きの山伏(やまぶし)の概念は、山の中をひたすら歩き、修行をする修験道の行者の事であり、「修験者」(しゅげんじゃ)とも言い、奥深い山中で、踏破や懺悔などの厳しい艱難苦行を行なって、山岳が持つ自然の霊力を身に付ける事を目的とする。
山伏は「やまぶせ」とも読め、恐らくは身を隠す仕事(影の仕事)を意味している。
その装束と持ち物だが、髪を伸ばし、頭に頭巾(ときん)と呼ばれる多角形の小さな帽子のような物を付け、手には錫杖(しゃくじょう)と呼ばれる金属製の杖を持つ。袈裟(けさ)と、篠懸(すずかけ)と言う麻の法衣を身に纏(まと)い、山中での互いの連絡や合図の為に、ほら貝を加工した楽器や護身用に金剛杖(こんごうづえ)と刀を持つ。
この金剛杖(こんごうづえ)から杖術が生まれ、氏族の武術へと発展して行く事になる。
つまり、武士のルーツ(おお元)が山伏(修験道師)と言う事に成るのである。
役小角(えんのおづぬ)とその配下の山伏達には、「宗教的な要素をもって国家統一の為の活動をする」と言う密命が存在した。
その為に、恐れを祈りで祓う、統一した呪詛信仰の様式、「岩戸神楽(かぐら)伝説」を村々に普及させる。
修験道師(山伏)が山奥の村里にまで潜り込み、広めて行った原始呪詛信仰の神事「里神楽(さとかぐら)」は後に村人の生活に定着し、時を経て昇華洗練され、その修験密教の要素を含みながら、神楽舞・巫女舞として形式化する。
思い付くまま忍者物語・第二章(陰陽寮/呪術と剣術・忍術の分離)(一)へ続く

作者の公式HP(こうしきホームページ)へは、「 未来狂冗談の部屋 」で検索して下さい。

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